世界のエンジニアの16%が、会社の外でも仕事をしている。副業が「特別なこと」でなくなった日。

土曜の昼過ぎ。外は晴れていた。

彼は椅子に座ったまま動いていなかった。

コーヒーを入れようと思ったのはもう30分前のことで、マグカップはシンクに置いたままだった。タブレットを開いてアプリを起動し、また閉じた。結局ブラウザを開いて、技術系のブログをいくつか流し読みしていた。

先週の改修の話が、まだどこかに引っかかっていた。

客先の定例MTGだった。「このシステムの改修、外注に出しましょう」という提案が通った。その場では何も言わなかった。帰りのエレベーターで後輩に「あれ、俺たちでできたよな」と声をかけると、後輩が「できましたね……」と答えた。それ以上話さなかった。

「外注のほうが管理が楽」という理由だった。

自分にできることが、自分の会社を経由しないと売れない。

その感覚がどういう意味を持つのか、彼にはまだ言語化できていなかった。ただ、そういう感覚が手の中にあった。

ブラウザをスクロールしていると、あるエンジニアのブログ記事が目に入った。「週末に副業で月15万稼いでいる話」というタイトルだった。

読み始めた。WebエンジニアがAirtableとVercelで業務自動化ツールを作り、スタートアップ2社に提供しているという内容だった。使っている技術は彼も知っているものだった。

記事の途中で、ふと思った。世界のエンジニアはどれくらいの割合が副業をやっているんだろう。

検索した。Stack Overflowの開発者調査ページが出てきた。

数字を見た瞬間、スクロールが止まった。

世界の開発者の16.4%がフリーランサー・独立系請負人として働いている。さらに19.3%が、本業とは別にフリーランスや契約仕事をしている。

— Stack Overflow Developer Survey 2024(65,000人以上・185カ国)

合わせると、35%を超える。

世界の開発者の3人に1人以上が、何らかの形で会社の外でも仕事をしている計算になる。

彼はもう一度、その数字を読んだ。

副業は、自分の周囲では特別な行動として語られていた。意識が高い人のやること、リスクの高い選択。でもこの数字は、副業が世界のエンジニアにとっての「標準的な行動のひとつ」として存在していることを示していた。

米国のデータも見た。

2024年の副業月平均収入は$891(約13万円)。43.4%が月$1,000以上を副業から得ている。(high5test.com / skillsuccess.com 2024年データ)

本業の給与に加えて、毎月その額が別のチャンネルから入ってくるエンジニアが、米国では少数派ではないということだった。「それが普通の国がある」という事実が、じわりと効いた。

検索を続けていると、パーソルグループの調査が出てきた。2025年2月発表のデータで、日本のIT人材に特化した副業実態調査だった。

日本のIT人材の副業経験率は53.7%。

一般会社員の8.4%と比べると、約6.4倍の差がある。(パーソルグループ 2025年2月)

スクロールを止めて、数字を読み返した。一般の会社員の話なら「まあそうか」で読み流せた。でも、ITエンジニアに絞ると半数を超える。同業者の半分以上が、すでに外の仕事を経験している。

もう一つのデータが目についた。

副業先への転職経験者:68.5%。

副業をしたIT人材のうち、68.5%が副業先の企業へ転職した経験を持つという数字だった。副業が転職の「テスト走行」として機能しているケースが多数あるということ。転職先の仕事を実際に経験してから判断できる、という構造だった。

ただ、この数字が持つ意味の広さが、少し引っかかった。

タブレットを置く前に、一つ検索した。

「SIer 副業 規定」。

自社の就業規則のPDFが検索結果に出てきた。開いて、副業に関する条項を探しながらスクロールした。

「会社の承認が必要」と書いてあった。

禁止、ではなかった。

彼はそのPDFをブックマークした。何かをしようと決めたわけではなかった。ただ、「確認した」という事実だけが手元に残った。

窓の外はまだ晴れていた。コーヒーを入れに立ち上がった。

翌月、彼は社内の副業申請フォームを開いた。

送信はしなかった。でも、名前と所属を入力した。

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