深夜11時。画面の光だけが部屋を照らしていた。
彼はブラウザを開き直した。
昨日閉じたLevels.fyiの数字がまだ頭の中にあった。
東京在住エンジニアの中央値、1,003万円。
自分の今の年収は500万円。
その数字の差を、どう受け取ればいいのか、まだわかっていなかった。
検索窓に打ち込んだ。「Stack Overflow Developer Survey 2024」。
65,000人以上のエンジニアが、185カ国から参加した調査だ。
ページをスクロールした。
最初に目に入った数字は「80%」だった。
「80%の専門職エンジニアが、現在の仕事に満足していない。」
(Stack Overflow Developer Survey 2024 / 65,000人以上・185カ国)
彼は一度、手を止めた。
世界中のエンジニアが、同じように感じているのか。
彼はもう一度その数字を確認した。80%。
もう少しスクロールした。
満足度が低い理由を示すグラフがあった。
- 1位:技術的負債(62%) ——2位・3位の約2倍の差をつけてトップ
- 2位:複雑なビルド環境(32.9%)
- 3位:複雑なデプロイ環境(32.3%)
「技術的負債」という言葉は知っている。
客先のシステムにも、それはあった。
メンテナンスされていない古いコード。誰も触りたがらないモジュール。改修のたびに「なぜこうなっているのか」と首をかしげる箇所。
そういうものを、ずっと引き継いできた。
でも彼が気になったのは、次の数字だった。
「仕事への満足度を決める要素・1位:自律性と信頼(autonomy/trust)。」
彼はその一文を、二度読んだ。
自律性。
客先常駐という働き方の中で、その言葉をどれだけ意識してきただろうか。
タスクは決められていた。
優先順位は決められていた。
使う技術も、だいたい決まっていた。
それが「普通」だと思っていた。
別のタブを開いて調べた。日本のIT企業の約70%はSIer型企業だという記事が出てきた。そこにはこう書いてあった。
「SIerでは管理スキルが技術スキルより評価されるため、純粋な技術者としてキャリアを深めることが構造的に難しい。」
彼は画面から少し顔を上げた。
英語のページにも同じことが書いてあった。
management skills are valued over technology, making it difficult to build a career as a pure technologist.
これは彼一人の問題ではなく、この業界の構造的な話だった。
世界のエンジニアの不満の1位は「技術的負債」だ。
システムの問題で、仕事が思うように進まない——それが世界中で最も多い不満だった。
でも彼の頭に残ったのは、満足度トップの「自律性と信頼」という言葉だった。
世界のエンジニアが「もっと自律的に働きたい」と感じている。
彼の6年間を振り返ったとき、その感覚がどこにあっただろうか。
Levels.fyiを開いたときとは違う種類の問いが、頭の中で形になり始めていた。
年収の差は「どこで働くか」の問題だと思っていた。
でも今は、もう少し別のことが気になっていた。
画面を閉じた。
明日の打ち合わせの準備があった。